fとスキる?

2024/11/19

箕面ビールに学ぶファンとの向き合い方

かどた

心地よい秋晴れが広がる9月のある週末。大阪の北端で開かれた「箕面ビール感謝祭」には多くの人が集まっていました。2日間で約3600人の来場者を動員したこのイベントを主催したのは、社員数24名のちいさなローカルメーカー「箕面ビール」。国内外から大阪の北端まで足を運ばせるブランドの魅力はどこにあるのか、ブランドとファンの間にどんな関係があるのかをPlan/fの視点で掘り下げます。

株式会社 箕面ビール(MINOH BEER)https://www.minoh-beer.jp/

大阪箕面市にあるクラフトビール製造所。クラフトビールがまだ一般的でなかった1996年に創業し、業界をけん引してきた先駆者的存在。世界のコンペティションでも多くの賞を受賞し、ビアファンやビール専門店、同業者からも高い支持を集める。

1. 箕面ビールとファンの関係

ファンはそれを「相思相愛」と呼ぶ

きっかけは「私たち、相思相愛なの」という箕面ビール好きの友人の一言でした。「一方的に愛しているだけじゃなくて、ファンとして愛されている、大事にされているなって感じるんだよね」と。サービスやモノを提供するブランドなら、顧客を大切にするのは当然に思えます。しかし、彼女のただならぬ熱量から、ファンと箕面ビールの間には濃く深い関係性が存在しているように感じられました。ファンとの関係づくりに苦戦するブランドと箕面ビールは、何が違うのでしょうか。箕面ビールならではのファン戦略があるのでしょうか。そこで、年に1度のファンイベント「感謝祭」を体験し、大下社長に直接お話を聞いてみることにしました。

― ファンに喜んでもらうことが目的だから、ALL自前で

創業時のクラフトビールブームが下火になり苦戦を強いられていたころ、より多くの人に知ってもらおうと工場前の公園で小さな蔵開きイベントをしたのが、感謝祭のはじまりです。開催時期、会場、ビールやフードの提供方法から入場システムまで、毎年スタッフ同士で意見を出し合い試行錯誤しながら作り上げ、今年で22回目を迎えました。「やる前は毎年悲壮感が漂ってます(笑)。でもチーム力で乗り切るとスタッフの意識も変わりますし、何よりお客さんが喜んでくれるとやった甲斐があったなと」と語るのは箕面ビールの大下社長。「イベント屋さんに投げればラクですけど、それでは目的が違ってしまう」とイベント会社に頼ることなく自前で企画運営されています。「自分たちがやるからこそ意味がある」というイベントは、ファンのことを思いどうやったら喜んでもらえるか考え、社員総出で作り上げられていました。

定番から期間限定、コラボものまで。ずらりと並ぶタップは圧巻

― そこまでやるか!?40種

ファン視点のイベントであることは、感謝祭で提供されるビールの種類の多さにも現れています。今年用意されたのは40種。通年提供している定番ビールから、季節限定のもの、他社とのコラボものまで、ファンは幅広いラインナップを楽しむことができます。一般的なイベントでのビール提供が1ブリュワリーあたり10種前後であることを考えると、その多さは圧倒的です。実は、クラフトビールは非熱処理のため温度変化に敏感で、冷蔵管理が必須。これだけの種類を開催する2日間に合わせて用意するのは「本当に大変」なんだとか。「工場の冷蔵庫も大きくないんです。でも、その年作ったビールを楽しんでもらいたいので、スタッフの気持ちで“とっておきましょう”となる。その分工場は圧迫しますよね」。日々稼働する中で様々なやりくりをしながら1年かけて準備する箕面ビール感謝祭。ただひたすら、ファンに喜んでもらうおうと考える、皆さんの熱意が伝わってきました。

全40種のリストは丁寧な解説付き。

毎年デザインが変わるオリジナルリユースカップ

2. いい関係の先にあるもの

幸福体験がファンをさらに沼らせる

スタッフの手によりファン視点で作られた「感謝祭」。実際に訪れると、ブランドを通した幸せな体験であふれた心地のよい空間で、それがファンの満足度と熱量をさらに高めていました。なぜそのように幸せな場づくりができるのでしょうか。

ALLファンで実現する心地よさ「圧倒的ホーム感」

参加した私を驚かせたのは、空間に広がる「圧倒的ホーム感」。それには、感謝祭がファンのために用意された場であることに加え、会場にいる人全員が箕面ビールファンであることから生まれる、安心感が関係しているようでした。
会場では「ボランティア」のネームタグをつけた人たちがたくさん働いており、大下社長に彼らについて聞くと「昔からの常連さんとか、取引先のスタッフさんとか、あと同業のブルワーですね。手弁当で、地方からも来てくれています」とのこと。また、出店している物販や飲食ブースも箕面ビールと長い付き合いのある方ばかりだそう。つまり、来場者から、ビールをサーブするスタッフ、出店者、会場整理のスタッフに至るまで、全員箕面ビールのことが好きで自らの意思で来た人たちなのです。会場には部外者がおらず、安心して好きなものに浸ることができる、心地よい空間がうまれていました。

心地よい秋風と、好きなものに浸る、平和で幸福なひととき

― ファン、スタッフ垣根を超えた身内的交流

会場内が全員箕面ビールファンのため、サービスを提供する側・受ける側という垣根は低くなり、よりブランドとファンとの距離の近いコミュニケーションが実現します。来場者同士はもちろん、あちらこちらで、お客さんとビール片手にフレンドリーに話をするスタッフの姿が見られ、大下社長も会場内を歩きまわりいろいろな人とおしゃべりします。前述の箕面ビールファンの友人は、「香緒里さん(大下社長)は、いちファンである私がスタウト(黒ビールの一種)を好きなことまで覚えてくれている」と感激を口にします。これについて、大下社長は「何度も顔を合わせていると、本当いつもありがとう、みたいな感じになってくる」とさらり。お気に入りのブランドの社長やスタッフが、自分の顔や好み、話した内容まで覚えてくれている。この近い関係性が、ファンの幸福感と特別感をさらに高め、「箕面ビール沼」へとハマらせているようでした。

ビールを提供してくれるスタッフとの会話も感謝祭の楽しみのひとつ

3. なぜファンといい関係が築けるのか

「ビールを醸して人を醸す」箕面ビールイズム

ではなぜ、箕面ビールはファンとよい関係づくりができるのでしょうか。そのヒントは、箕面ビールのものづくりに対する姿勢、周りの人との接し方にありました。

同業者から多くの支持を集めるものづくりの姿勢

業界内にもファンが多い箕面ビールのブランドコピーは、「ビールを醸して人を醸す」。この言葉には、品質を磨きながら、ビール造りを通して人としても成長していきたいという思いが込められているといいます。「原料は農産物なので、毎年品質が違います。そこに気づいて、調整をかけて、ブラッシュアップしていくのがものづくり。機械だけではできないから、やっぱり人が大事なんです」と大下社長は話します。「素人からビールづくりを始めて、何が正解かもわからなかった」からこそ、同業者に相談し、情報交換し、助け合いながらここまできたという箕面ビール。創業当初から変わらず積み重ねてきた「おいしいビールを作りたい」という思いと、学び合い高め合いながら一緒に良いものを作ろうとする取り組み姿勢が、同業者から支持され、よい関係づくりにつながっているのではないでしょうか。

目の前の「人」と向き合う大切さ

箕面ビール感謝祭を取材し直接お話をうかがって見えてきたのは、創業当初から変わらない、「目の前の人を大切し誠実に向き合う」という一貫した姿勢です。大阪近郊の取引先には直接社員が配達に向かい、全国各地のビアイベントには、社長自ら足を運び、そこで直接聞いた感想や意見をビールづくりに活かしています。同業者や、取引先のひとりひとりと丁寧にコミュニケーションを重ねる。エンドユーザーを「消費者」とひとくくりせず「スタウトが好きな〇〇さん」とひとりの人として接する。そうやって目の前の人と丁寧に関係性を築いてきたこと、それを継続してきたことが、手間や時間を惜しまず協力する同業者や「相思相愛」と断言するほど強いファンとの絆をつくっていました。

4. まとめ

ファンは作るのではなく、増えるもの

どうして箕面ビールにはファンが集まるのでしょうか。直接質問をぶつけると、大下社長も八幡専務も首をかしげます。「わたしたちそういうの(マーケティングとかSNSとか)は疎いほうで・・・」とおっしゃるように、戦略的に仕掛けてきたというよりは、地道なものづくりへの取り組み姿勢が支持され、取引先や業界内にファンがふえ、それがエンドユーザーにじわじわと伝播した、というのが近いように思います。大下社長は「まじめに造って、まじめに届けるしかないと思っているんです」と話します。箕面ビールの理念を広めるためにブランディングやプロモーションに取り組むというより、真摯につくること、それを待っている人たちにきちんと届けるということを継続してきたことが、結果的にファンを増やしていました。

箕面ビール感謝祭は、箕面ビールのものづくりの姿勢に共感して増えていった、仲間の集まりといった空間でした。好きなものを通じてつながった人とともに過ごす時間は、幸福感にあふれ、そんな幸せな体験を提供してくれたブランドのことがますます好きになる、応援したくなる、という構図がありました。そこには「ファン拡大施策」は存在しません。

ただシンプルに「おいしいビールを届けたい」という思いでビールづくりに取り組み、その姿を飾らずオープンにファンや同業者に見せ、それを継続してきたこと。それが箕面ビールにとっての「ファンとのいい関係の築き方」でした。

箕面ビール 大下社長・八幡専務

編集者かどた

「箕面ビール感謝祭」に子連れ参戦し、「ビールがあれば母は機嫌がいい」と認知させることに成功。「スキ」は家内に平和をもたらす・・・。

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