2024/11/26
【前編】海外ブランドの日本上陸支援を手掛ける井川沙紀氏の視点
たにぐち
アメリカ カリフォルニア州オークランド発のコーヒーショップ「ブルーボトルコーヒー」が日本に上陸したのは2015年のこと。バリスタが丁寧にドリップするおいしいコーヒーと落ち着いた独自の空間で、瞬く間に大人気コーヒーショップとなりました。そんなブルーボトルコーヒーの日本上陸を担当したのが井川沙紀さん。現在、インフロレッセンス株式会社のCEOとして活躍される井川さんに、ブランディング、PRについてお話を聞きました。
井川沙紀インフロレッセンス株式会社(https://www.inflorescence.co.jp/) CEO
これまで様々な企業で新規事業開発や、ブランドビジネスのマーケット展開に従事し、ブランディング・広報・PR領域を担当。その後、米ブルーボトルコーヒーの日本ローンチを担当し、日本代表、アジア代表を経て、米・本社の経営メンバー(Chief Brand Officer) としてグローバル全体のブランドの統括責任者として勤務。
現在は起業し、日本及び米国企業のブランディング・コミュニケーション戦略のコンサルティングを行いながら、大学の特任教授(客員)や社外取締役として活動している。
目次
井川 沙紀さん(以下・井川さん)
海外企業とのお仕事は、ライセンスビジネスを手掛けていた3社目の企業がスタートでした。4社目では逆に日本企業の海外展開に参加していたのですが、そこでの仕事が落ち着いたタイミングで、知り合いから「ブルーボトルコーヒーが日本に来るんだけど、いい人探してるよ。やってみない?」とお話をいただきました。ブランド自体を知っていたこと、前職の区切りがよかったこともあってブルーボトルコーヒーへ入社しました。
最初は広報と人事が自分の担当領域でしたが、何も整っていない状態でしたので、バックオフィス系はほぼ1人で担当することになりました。誰もいない状態で一から立ち上げなければいけないという状況は過去にもあったので、その経験が生きたと思います。
その後、ブルーボトルコーヒーの創業者であるジェームス・フリーマン氏に「そのまま社長に」と言っていただいて、入社から6か月後に社長に就任、3年間日本の代表を務めました。もともと経営志向とか、経営者になりたいとかいうわけではなかったので、やりたくないと3回断りましたが、気づいたらこうなっちゃってましたね。
井川さん
まずは、ブランドの本質を理解し、マーケットギャップを本国に理解させるということだと思います。ブランドの本質を理解する点においては、ブランドにどんな想いがあって、どうして日本に来たいと思っているのかをしっかりとヒアリングした上で、市場へのアプローチ方法をお伝えする。彼らのビジネスへの理解をはじめに行うことをすごく意識していました。その上で展開しようとしているマーケットとの違いを伝え、どのような表現方法ややり方を選んでいくのかを相談するようにしていました。
「これは日本では買われないよ」といったことを、頭ごなしにこれまでブランドがやってきたことにリスペクトや理解もなく言ってしまうと信頼関係は築けないですよね。
井川さん
“流行りにしない”というのは、すごく重要だと思っています。たくさんのブランドが海外から日本にやってくる中で、1年後に「あれ、もう終わったね」みたいな感じになるのはすごく悲しいです。そうならないためにはどうするかをすごく考えていて、新しいものが上陸しただけでは終わらないよう、ブランドの深みをしっかり表現し、お客様に届けることを常に心がけています。
ブルーボトルコーヒーの場合だと、当時意識していたのは創業のきっかけにもなった日本の喫茶店文化へのリスペクトです。創業者が、一つひとつ丁寧にドリップする日本の喫茶店文化に感銘を受けたことがブランドのはじまり。そこからコーヒーへの想いを馳せ、彼なりの喫茶店へとイメージが現在の形へと進化していきました。そんなルーツの1つともいえる日本で、自分流のコーヒースタイルを楽しんでほしいという思いが創業者にはありました。
本国のアメリカでは、この話はそれほど前には出していなかったのですが、日本でのメッセージングにはしっかり入れ込むようにしました。こういう細かい表現の強弱のチューニングがストーリーの理解につながり、ブランドを深く理解いただくことにつながるのだと思っています。
井川さん
また、“流行りにしない”ということの中には、地元の人に愛されないとコーヒーショップとして成り立たないという思いもありました。地元の人に常連になっていただくためにはどうしたらいいのか、をすごく意識していました。例えば、オープン前のお披露目会にはメディアよりも先に地元の方たちをご招待したり、地元のイベントにスタッフと一緒に参加させていただき関係性を築いたり。海外から来たブランドだからこそ、長くそこでビジネスをさせていただくという意識で行動することの重要性をスタッフにも常に共有していました。ブルーボトルコーヒーは大きなチェーン店だと思われるかもしれませんが、コミュニティの中では「個人店のような佇まい」を目指していましたね。
井川さん
もちろんです。実際に、ファンの方たちからのフィードバックでメニューの方向性を変えたり、座席を増やしたり。あるときは、ゴミ箱のあり方、配置についてのお声をいただいたこともあって、本当に参考になりました。
特にリアルに交流させていただくとやっぱりすごく勉強になり、自分たちの持っていない気づきがたくさんありました。ファンの方たちを集ってのイベントはもちろんですが、当時は普段の来店の中で「〇〇さん、いつもありがとうございます」の流れで、「なんかあれさー」みたいな感じで言っていただいたりすることも多かったです。ある意味、親戚が気づいたことをおしえてくれるような距離感で意見をいただけていたことで、信頼関係や愛情をとても感じていました。
井川さん
一貫性なのかなと思っています。「表向きにしていることと裏側は違う」みたいなことって結構あると思うんです。それってブランドとして誠実ではないなと思っていて、全てが一貫した状態で繋がることはとても重要だと思っています。
PRやブランディングってお化粧をする人、最後のラッピングをきれいにしてくれる人って思われがちですけれど、私はそういう仕事ではないと思っています。例えば、ブランドの想いとして外に向けて語っていることと、経営者が社内チームに話していることに差がある、細かい話ですが社内で使う言葉や内容は、実は全部お客様に見えるところと全て連動している、繋がっていると思うんです。
外から見える部分だけを気にして「ブランディング」というのは、個人的にはうまくいかないと思っていますね。最近の消費者はスマートですから、そこだけやっていてもどこかでボロが出でしまいます。
井川さん
先ほどの質問とも重なりますが、一貫性のある強い軸というかブレないものがブランドの中には必要だと思っています。その軸をつくるためには、お客様の顔が具体的に見えていることが重要。リサーチデータやこれまでの過去実績などの数字で出てくる情報ももちろん重要ですが、やっぱりお客さまの具体的な顔が頭に描けていることが大切ですね。
例えば、ブランドに人格を作るとさらにわかりやすいと思います。店舗ビジネスの場合、ブランド=店を人だと捉えたときに、どういう佇まいをしているのか、人とどういう距離感を持っているのかなど、イメージがしっかりできていると、チーム内でもイメージの共有がしやすくて、マニュアルにも落としやすいですね。結果、ブランドの一貫性が出しやすいと思います。
お話はまだまだ続きます。
後編は「ブランドを中から育てていく」を中心にお話しいただきます
編集者たにぐち
私も大好きな「ブルーボトルコーヒー」。関西の店舗はほぼ行ったことがあります。店舗ごとにデザインが異なるのに、「ブルーボトルコーヒーに来たな」と感じるのは、不思議です。
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